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SOPHIE SCHOLL - DIE LETZTEN TAGE
白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々

国家組織(ナチ)も反体制思想を持つ学生(白バラ)もどちらも寄ってすがる思想を持ち、思想と自己を一体化させ行動の規範にする。前者の思想はナチズムであり、後者は「良心」であり「自由」であった。

思想戦では引くことは許されない。これは映画の見所のひとつで、表現としてすばらしかった。

「自由」という概念は曖昧だが、そこには思想がある。映画の主人公は女性で、あの時代、あの設定で国家と攻し、「自由」をとなえる女性像を今の時代で映画として取り上げる本意を考えると、見えてくるものが大きい。

映画「フライトプラン」での強い女性像と同根とはいえないが、芽生えはここ「自由」にあるのだと思う。
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by ssnostalgia | 2006-02-19 07:36 | movie
ラオスとタイと嘘
1990年の春休み.4 タイ篇

同じ経験を私もしましたよ!笑、ということで、TBです。

内容は数年前のラオス旅行時の日記です。(ミャンマーを目指したのですが、わけあって、笑)

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9月3日(金)
今回の旅行の目的地はミャンマーである。出発の3日前にエアチケットを取ったが、日本でビザを取る時間もなく、タイに入国しビザを取りミャンマーを目指す。タイまでのチケットは以外と高く6万円であった。

成田18時30分発バンコク行きは、学生の夏休みだからなのか、日本人が多い。定刻通りバンコクに降り立つが、機内で入国カードが配られず、空港で受け取り記入する。用紙をもらい損ねたのか、足りなかったのか知らないが、わからず相談している人が目立つ。

入国チェックの時、疑いなくタイ語で話しかけられた。僕はタイ人に見えるのだろう。24時近くのタイ入国。前回は朝一番の4時の電車でポアランポーン駅(市内)まで向かったが、今回は違う方法でと思い、ぼられるのを覚悟してタクシーと交渉する。「カオサンまで行きたいのだが・・」と伝えると、「ダメ、遠いから。近くの市内なら300バーツでどうだ。それとホテルは500バーツ。エアコン付きできれいだぞ。」1000円で約310バーツが、両替レートだから、タクシー1000円で、ホテル1600円。決して安くないのだが、道中がおもしろそうと思い、タクシーに乗り込む。

白タクなので、ぼろいし、フロントガラスはバリバリに割れているが、エアコンは効いていた。運転手の彼は時計や服装など、まあまあな身なりをしている。43歳である。「収入はよいのだろう?」と訪ねたら、「今はオフシーズンだから、全然ダメ。収入が少ない。」9000バーツ前後が、今の月収だという。ちなみに、労働者などのブルーカラーの月収が3000バーツで、公務員の初任給は5000バーツ。これがタイの平均的な収入であると後日に知る。
また、ドライバーは「3000バーツで女性」を勧めてくる。いつでもどこでもそうなので、「それもお前の仕事?」と訪ねる。一晩の女性代3000バーツは全て、彼女たちのものになるという。彼らが紹介することで、どうやって儲けるのか結局、わからなかった…
ワシントン・ホテル着。フロントに行き、「一人で一泊する。いくら?」と訪ねると、「800バーツ」である。それを聞いて、苦笑い!タクシーのドライバーを呼びつけ、「800じゃないか!」と伝えると、彼も苦笑い・・(だまされても、こういったリアクションは楽しく感じる。)と、言うか、彼には責任はなく、夜遅くつくとホテルは当然ふっかけてくるから、本当は500バーツなのだろう。

結局は、フロントと交渉し、中間の650バーツで泊まることにした。だまされたことに対しては、別段腹立たしく思わないし、車内での彼れとの会話がおもしろかったので、交渉後の運賃250バーツとチップ50バーツを払った。お金の価値はあってないようなものとだと感じる。それは、個人と個人の関係に払い、ビジネスと感じなかったのは、持てる国日本の、持たざる国への傲慢なのかな?とも思った。1時に部屋に入り、エアコン・トイレ・バス付のきれいな部屋、大きなベッドで寝る。

9月4日(土)
10時、ホテルチェックアウト。タイの地図やガイドブックを何ひとつ持ってこなかったから、自分が現在バンコクのどこにいるのかまったく解らない。旅の準備不足に反省しつつ、フロントで地図を100バーツで購入。ワシントンホテルはバンコク市街の東側とわかる。さて、どこに向かおうか?と考えてみる。バンコクの西に運河があることを思い出した。水上マーケットではなく、そこに暮らす人のための運河という。トクトク(小型三輪車)を拾い、近くの駅まで向かう。

降りた駅は、バンコクのターミナル、ポアランポーン駅である。運河行きのバスを探していると、おじさんが声をかけてくる。(あやしい!・・・)「どこへいく?・日本人か?」の当たり前のあいさつから、お寺に行こうと誘われる。ホテルで買った地図に載っている運河を指さし、私が行きたいのは運河と伝えると、どうやら彼が行こうとしていたお寺と同じ方向のようである。それで僕を案内してくれると言う。(これまたあやしい!)。運河行きのバスがきたようなので2人で乗り込む。どうなるのか・・

彼は建設会社で働いているという。タイも日本と同様にバブルが終わり、建設業は最悪でIMF基金を受けての仕事が少しはあるが、それは現在のバンコク近代化への人々のエネルギー量とはほど遠いのだろう。また、農業国であるタイは地方からの出稼ぎの人たちは都市を当てにしているから大きな痛手である。
そんな会話をしている間に、目的地についた。バスを降り運河へ向かう。一般の交通機関の渡し船に乗るのかと思っていたが、彼が指さすのは別の舟であった。渡し船が出た直後であったので、その舟でも川を渡れるのだろうと思いこむ。それなら2人だけではもったいないと感じ、近くにいた西洋人の2人の女性を誘う。が、彼は僕が連れてきた彼女たちを追い返してしまう。彼いわく「俺はおまえとお寺に行くんだ。彼女たちを知らないし、おまえだから誘うんだ。」という。これは絶対にあやしいと彼を疑い、その舟から降りかけ、「この舟を、チャーターするんだろ?そんなお金、私は払えないから、ひとりで行ってくれ。」と伝えると、彼の返事は「お金は私が払う。だから心配するな!さあ!」であった。私は「絶対に払いませんよ。」と伝え、舟に乗り込む。

バンコクの西、運河が張り巡らされたもうひとつのバンコク。道もないから車もなく排気ガスもない。彼らが住む家の床下は運河で、家を出るときは小さな舟に乗る。話には聞いていたが、現在でもその生活が先進国の大都市バンコクにある。お寺に寄ったあと、しばらく舟で進み途中、下船してビールを飲む。2人で大瓶2本だがほとんど私が飲んだ。彼のおごりであった。そこは商店なのだろうが、舟でしか行けない。運河は細かく網の目のように張り巡らされ、果物、肉、野菜などを積んだ小さな舟がそこへ消えていく。それらの舟がどこへ行くのか彼に尋ねると、彼らは農民で彼らが育てた野菜などを街に売りに行くという。そして近くを指さし、すぐそこが彼らの畑だという。たまたまその商店のおばさんがココナッツの実を削っていたが、それもすぐそこで栽培していたものである。自分たちで育てて、自分たちで食べる。わかりやすい。

おじさんが熱っぽく語っていた内容は、バンコクはすでにタイではなく、西洋であり、本当のタイの暮らしはココにある、と言ったところであろうか・・・。確かに、アスファルトの市街地では考えられないような静かなすごしやすい生活が、運河空間にはある。バンコクにこういう所があることを知り、また、ゆったりと過ごし良い経験であった。

1時間30分後、舟を降りることになり、さてお金の精算である。結果は2000バーツらしい。当然、彼はそんな大金をもっておらず、僕に払えと伝えてくる。彼との約束通り、私は払わないと伝える。が、舟の主人(もちろん彼らはぐるかも知れないが)に責められている彼に、ポケットの財布の有り金全てを見せ、500バーツなら払えるが、と伝えると、彼は「もっと持っているだろう?」である。ほんとうは払わないと言い張るべきなのだろうが、僕は彼に「おまえは僕にうそをついた。でも、とても楽しかったから500バーツならはらうよ。」で話は成立。と言うか、船に乗るとき「絶対に払わないよ」と約束した事実が、唯一また決定的な彼のミスであった。しかし、「お金は私が払う!」と言っておきながら、結局は「お金がありません。あなた出してください。」ではあまりにも、ベタである。(かといって、刃物を突きつけられてもこまるが。)あとで調べると運河のクルージング、正規の値段は400~600バーツであるようだが、それとは違った「間」を感じたと思う。しかし、だまされても良いかなと思っていると、絶対騙されることがわかった。

前回のタイへの旅行時と同じゲストハウスに泊まる。オーナーが女性に変わり、宿自体もきれいになっていた。一泊150バーツから250バーツに値上がりされていた。それはよいとして、安宿街カオサン通りも新しく、と言うかますます特価されてきている。1年半でこんなにも変わるモノかとおどろく。そのひとつは、この界隈でタイ人が買い物をしていただろうか?と思うほど、生活レベルでのタイ人がカオサン通りでの消費者の割合に確実に増えたこと。ふたつめは、じめじめしていた裏通りの歩道に、明るい色のタイルが張られていたし、また、大きなマーケットが工事中であった。もう少しするとますます進むのだろう。

夕食は西洋向けのカフェで映画を見ながら食事をする。そこでバンコク行きの飛行機で見かけた女性に声をかける。彼女は大学2年生、帰国子女の彼女の専門は経済。1人でメキシコを旅する闊達な彼女は、タイ北部の街チェンマイでのトレッキング・ツアーを経て陸路でラオスを目指すという。ラオスへはノンカイと言うタイ北東の街で簡単にビザが取れるという。彼女とは旅行の話はもちろんだがそれ意外の、環境と経済やキノコの写真、留学時の話しなど、非常に楽しい時間を過ごした。今っぽくなく、たくましく、非常に好感のもてる美しい娘であった。もちろん、「たくましい」は決して「マッチョ」を意味することではなく、形式に捕らわれず、孤独でも自立できることである。
同様に、タイの建築を始め、古建築が醸しだす、「威厳」や「たくましさ」は、自立しているように見えるのだが、多くの人民の崇拝に支えられ初めて自立できた。その意味で権威により成立する「マッチョ感」である。…・彼女からの情報が後で役に立つ。

以上
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読み返すと懐かしいやら恥ずかしいやら。笑
で、この女性は後にY新聞の記者になっていて、北陸の伝統工芸のコラムを書いていました。
今もがんばっていることでしょう。
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by ssnostalgia | 2006-02-18 14:02 | TB
lunch-Ⅲ
アユンテラスにてランチ。インドネシア料理はたまにどうしても食べたくなる。この日は、ナシチャンプールとピサンゴレンアイスクリーム。サンバソースを追加注文。ここのソースは比較的辛さを抑えているがインドネシア料理の本道をそこなうことないていどで、非常においしい。

自宅用に買ってくるサンバルソースは今まではジュンバタンメラのだったけど、このお店、アユンテラスに交渉してみよう!とおもうほどおいしい。はたして売ってくれるか?

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by ssnostalgia | 2006-02-18 13:51 | bistro
MY ARCHITECT
マイ・アーキテクト
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by ssnostalgia | 2006-02-12 23:31 | movie
MUNICH
ミュンヘン

自然と対峙してきた人間は一人では生きることはできず、生きるために集団として生活を始める。その枠組みは、対峙する外部因子が強いほど大きな存在をもとめ、家族、村、町にあるいは国家にとどまらず、最終的に思想つまりは「宗教」に行き着いた。

無色で透明な思想としての宗教はそれゆえに人を簡単にくくりつける。宗教を信じないのも一種の宗教であるからかわりはない。

自己が属するカテゴリーは意識するしないにかかわらず存在して、事実として人を縛っている。縛られることからの解放を思い描き、人は生きている。自己を守りかつ束縛するのは結果的にはルールを持つ組織だから、組織内から見ればその個人の位置づけは明確にされなくてはならない。

「敵なのか味方なのか」「白なのか、黒なのか」が組織としては重要である。白には白の対処法があり、黒には黒の対処法がある。それらを使い分けることで組織を維持し、組織の価値や存在意義を高める。組織から離れてしまったがゆえの「個」には救いの手は伸ばされない。

組織は個があつまってはじめて組織足りえる。一人でも生きていける社会(幻想であるのだろうが。)が到来し個が分散し拡散していくしていく現代の情報社会では、人が集まって組織を意識して生きていく事が前よりも困難になったといえる。それだからこそ組織の意味を見つめる必要があるのだと、宗教で成り立つ「イスラム社会」と、血縁でなりたつイタリアマフィアの「家族」、そして己が民だけを護る神を持つユダヤ人の「民族」という3つの組織の対立と癒着と共存を映画は主題として取り上げる。

パレスチナの民は帰るべき大地を夢見てイスラムという組織に突き動かされて血を流し、ユダヤは守るべき民族を強く意識し約束の地を守るために戦い、宗教の結束とも民族の結束とも無関係な立場を表すマフィアは「家族」を守るためを行動の規範とする。

テロを題材にした深くて重い映画の主題は、監督を含めて簡単には語れない内容と思うが、右よりの思想も、大地から放れて暮らすことに起因する寄る辺なさ漂う現代だからこそ語るに値するのだろうと感じた。

映画終盤のWTCの場面で、裏切られテロ組織に命を狙われていることを自覚するユダヤ人の主人公は、ユダヤに戻り組織に命を守ってもらうと決意をする。ユダヤという同じ民族として、組織内の幹部と親交を深めようと個人的に家庭に招き食事の場を設けると語りかけるが、かえってきた答えは「NO」であった。組織の結束と個人的な結束は無関係である。組織を形作る個人同士の関係は事実として意味をもたない。

人間関係の描き方が素晴らしく、いろいろと思慮深い映画であった。
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by ssnostalgia | 2006-02-09 09:08 | movie
縦並び社会:第1部・格差の現場から
縦並び社会:第1部・格差の現場から 読者からの反響 「競争万能」に異議
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by ssnostalgia | 2006-02-02 08:33
高裁も父子関係認めず 死亡男性の凍結精子で出生
高裁も父子関係認めず 死亡男性の凍結精子で出生

内縁関係にあった男性の死亡後、凍結保存した精子を使った体外受精で女児を出産した関東地方の女性が、女児を男性の子と認知するよう求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は1日、請求を棄却した1審東京地裁判決を支持、女性側の控訴を棄却した。

死後生殖で生まれた子の認知をめぐる訴訟は、原告敗訴の松山地裁判決を高松高裁が逆転させた西日本のケースに次ぎ2例目(被告検察側が上告)。東京高裁の控訴棄却で、高裁段階での判断が分かれる結果となった。

判決理由で宮崎公男裁判長は「法律上の親子関係を認めるかどうかは、遺伝的な血縁関係、精子提供者ら関係者の意思だけでなく、子の利益、生殖補助医療の社会的相当性、現行法との整合性などを総合的に検討し判断すべきだ」と指摘。
(共同通信) - 2月1日18時22分更新
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by ssnostalgia | 2006-02-02 08:30



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