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KING KONG
キング コング

今年最後の映画、キングコング。
3時間オーバーの映画でしたが、ぎゃーぎゃーわめきながら観れたし、とにかく面白かった。3流をこえている。(というか面白く観れる努力をしましたが。)これぞムービーって感じの映画!。
資本主義をやめたいとおもっている一部のアメリカ人の本音を資本主義を使って表現していた。矛盾しているがそこに本音はあるともうう。しかしながら、本作でも監督を務めているロード・オブ・ザ・リング3部作の監督の力量は低いともおもった。

この映画はまじめに評価しようと思う。エンパイアーに上るコングのイメージは今だからこそオリジナルより意味を持つ。
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by ssnostalgia | 2005-12-31 23:13 | movie
経済ってそういうことだったのか会議
佐藤 雅彦, 竹中 平蔵

経済=エコノミクスとはオイコノミクスという言葉を語源にする「共同体のあり方」を考えることから始まった。佐藤さんとの会話の中、経済学者竹中さんのこの言葉に端を発し、経済を広く理解していこうと佐藤さんが竹中さんとふたりで「経済」を考える対談形式の本。

「なぜ○○はそうなっているのか?」と全ての面において根本を見つめる姿勢は、事物の本質をあぶりだす。どうしても枝葉をみてしまうのが人間で、具体的なものほど語りやすい。が、枝葉を語れば語るほど本質はわかりにくくなっていく。

本質を語ることは誰にでもできるものではなくて、考えるとことは、物事を抽象化することだから訓練がいるのだと思う。誰にでもできることではないのだろうし、高いレベルで構成されたのが本書。

アメリカがフロンティアに立ち会うと強さを発揮することをわかりやすく書いた「アメリカ経済」と、経済学者の仕事がなくなった時に実は本当の人間の問題が始まる、とケインズが語った言葉を引用した「失業と労働」に関しての単元が特に面白い。

目次

第1章 お金の正体―貨幣と信用
第2章 経済のあやしい主役―株の話
第3章 払うのか取られるのか―税金の話
第4章 なにがアメリカをそうさせる―アメリカ経済
第5章 お金が国境をなくす―円・ドル・ユーロ
第6章 強いアジア、弱いアジア―アジア経済の裏表
第7章 いまを取るか、未来を取るか―投資と消費
第8章 お金儲けはクリエイティブな仕事―起業とビジネス
第9章 人間とは「労働力」なのか―労働と失業
終章 競争か共存か

競争社会を全体的に肯定する本書の内容である。競争は否定されてはいけない大事な部分であるが、既得権に代表される不公平の存在と、満足することの意識を競争のスタートラインに立ったときに皆が認識するべきだとも感じた。

コンセプトメーカーの佐藤さんだからこそなしえたシンプルな経済書だとおもう。
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by ssnostalgia | 2005-12-29 12:58 | book
シブヤとギャル、アキバとオヤジ
ケータイが文章力を鍛える

↑とても面白い内容でした。

中山ゆーじんさんが博報堂FLLで数年前に書いた「シブヤ」という未来をおもいだしました。こちらの内容も面白いので是非どうぞ。

シブヤという未来は「シブヤとギャル」の切り口の内容だったので、私は「アキバとオヤジ」も浮かんでくるよね?とゆーじんさんに突っ込みを入れたところ、当初は「シブヤとアキバ」の比較から未来を語ろうと思っていたのだって。取りあえずシブヤからだそうで、そろそろアキバがフューチャーされてもいいのだろう。再開発でかわったし。
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by ssnostalgia | 2005-12-29 09:17 | TB
Mr.&Mrs. Smith
Mr.&Mrs.スミス

男女、知能、年齢差、人種、社会的地位云々、人々に違いはあるが、同じ意識(自分に負けない強さ)と同じ苦悩持った人間同士にはそんな違いは関係ない。生まれながらに受ける身分制度もなくなり、人種も男女の性別の差でさえ個人の差異に消えてしまうほど、生まれながらにもっている属性一般は社会の中では意味をなくした。

上記の観点で述べられる人間像が等価な人間を生み出しつつあるという意味で、映画では「女のスパイ」と「男のスパイ」が対等な位置づけで扱われる。

それぞれが別組織のスパイとして働くなか、正体を隠すため結婚する。心から好きではない相手であったが「スパイ」という職業がもつ特殊性なのだろうか利害関係が一致するための偽りを含む結婚である。

結婚(=偽装)では心から相手を愛するという感覚は生まれなかった。そして、スパイという職業が誘引したある事件をきっかけに殺し合いが始まる。

殺し合いはスパイとしてのお互いの技術を確かめ確認しあいながらの真剣勝負であり、お互いが愛する気持ちを育んでいく場でもあった。対等な人間関係を確かめ相手を尊重し、認めることで心から愛する気持ちをお互いが抱くようになる。依存し依存されない純愛の成立である。

男女問わず個人が自立することで獲得できる純愛成立を映画のほとんどで述べていたが、主題は別のところにあった!

個人の自立は社会の中において成り立つが、社会を組織と言い換えると、「個人」と「組織」の対立が浮かびあがる。

国家権力は荒れ狂う怪獣「リバイアサン」に例えられ、人間の私利私欲の結果現れる怪獣「ヒビモス」を押さえバランス保つものとして民主政治が考えられたが、国家権力と人間の私利私欲(=今の世でいうなら企業)が手を結んだ場合に強力な組織となって立ち上がる。

組織の前に個人は消え行くしかないと、映画の結論は述べている。映画は商業的な意味合い(=2作目を狙っている。)を含めてしまったため、不自然な終わり方をするが、映画冒頭と終盤のインタビューは死後の世界のモノだと考えると見えてくるものがおおい。

1・現実の人間が諦めてしまった?人間の平等を映画から感じる寂しさとうれしさと。

2・「女は男に甘えるものだ。」などとは私は口が裂けてもいわないし、仮に女性に生まれてこの言葉を聞いたとしたら、「へ?」と思うだろうな。
↑この考えに肯ける人は是非どうぞ。

3・アンジェリーナ・ジョリーをはじめて映画で観たが、物凄く良いんじゃないかな。ジョディーフォスターにはなれないだろうから、映画表現の役どころとしてはシャロン・ストーンのように化けてほしい。

4・雇用破壊 非正社員という生き方に組織の強さは顕著にでている。

5.映画化されたザ・コーポレーションもあわせてどうぞ。

6・新年合併号「超国家カンパニー 世界を変える成長力」もどうぞ
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by ssnostalgia | 2005-12-28 08:30 | movie
頭がいい人、悪い人の話し方
樋口 裕一

なぜにこんなにもこの本が売れているのかわからなかった。自己を客観視できない人が本書に指摘される感覚を心地良い?とおもい世間とのつながりを感じさせるのだろうか。
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by ssnostalgia | 2005-12-28 08:29 | book
四国はどこまで入れ換え可能か
佐藤 雅彦

事物の枝葉をはらい、物事をここまで抽象化し笑える内容まで高めることができる人もいるのだと心から感銘を受けた。凄い人間もいるものだ。負けずに精進しようとおもった。

笑いは理解の最上級で、何よりもまず理解されなければ笑えないし、理解されても笑えないものもたくさんある。「プっ」と噴き出す笑いは美しいものが世界を変える以上に世界を変える。
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by ssnostalgia | 2005-12-28 08:29 | book
Down in the Valley
ダウン・イン・ザ・バレー

現代のドン・キホーテを個人の孤独と狂気をもとに描いている。逆らうことのできない社会の流れをどのように見つめ、自らの清流として考えていくことが出来るかを問われた映画。崩壊寸前の近代を否定しつつも過去には戻れない現実を突きつける。
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by ssnostalgia | 2005-12-26 12:36 | movie
トニー流 幸せを栽培する方法
トニー・ラズロ

モノの見方と考え方が私と似ているトニーさんの初めての書籍。スラスラと楽しく読んだ。立場をはっきりとさせつつ私と違う立場を許容していくスタンスに磨きをかけようと思った。

明確な立場を宣言してその間で意味を持つ中庸。これって落語的なのだ。
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by ssnostalgia | 2005-12-26 12:30 | book
雇用破壊 非正社員という生き方
鹿嶋 敬

90年代のある時期を底として短期的に、表面的に景気回復をしてきた日本経済は、リストラに代表される様々なスリム化をおこなって企業としての利益を獲得してきた。

企業がスリム化を行った場合にも利益からは程遠い非生産部門的なルーティンワークが廻さなければならない仕事にも当然に付随して、それらは様々な職業形態として存在し、会社と個人の接点を生み出していく。パート・アルバイト、契約社員、派遣社員、業務請負などにカテゴライズされる有期契約として非正社員は正社員とは区別される。

5000万人の雇用者のうち1500万人にまで非正社員の数は増え、今後はますます増加すると考えられる。さまざなな局面に現れる国の方針は、表面上の利益を上げる(=生産のためにはコストをかけない)ためには人材を資産とはみなさなず費用と考えている点に現れ、そのため非正社員化の流れは止まらない。

本書では非正社員の構成を、男女を含めた若年層、既婚者としての主婦層、男性の中高年層の3つに大きく分類し述べていく。評価を受けられない業務形態・将来性のなさ・賃金の安さなどなど正社員がもっている仕事のやりがいとは程遠い状況を事例を挙げて述べていくなかで、正社員が非正社員に向ける人間性を廃した対応、つまりは「あなたの代わりはほかにもいる」を根底とした上下の雇用関係に行き着く。

かつて三行半を突きつける立場にあった男性が女性を捉えていた観点と同じモノの見方が、正社員と非正社員の関係に作られていくと考えるとゾッとする。男性も女性もなく、新しい切れ味の悪い切り口で人間が人間を非人間的に見つめ切り捨てる社会が到来し、雇用破壊の結果として意味を強めた正社員と非正社員という言葉に集約されている。

TOYOTAの高級車について例えられている言葉がある。「最後はクラウン」という言葉が成立した時代には明るい未来があったが、「レクサス」は昇りつける最終目標の意味を含まず、「最初からレクサス」を乗る人のための高級車。切り口は違うがそんな存在を社会は生み出した。

極端だが、ものとしてのレクサスはクラウンを見下したりはしないが、正社員が非正社員を下に見る現実があるのはなぜだ。立場に胡坐を書かない男性とあきらめない女性がでてきたとおもったら、新しいカテゴリが人間を縛り始めると感じた。
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by ssnostalgia | 2005-12-22 23:31 | book
メガネ男子
ハイブライト (編集)
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by ssnostalgia | 2005-12-22 23:30 | book



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