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LAOS1999
と、托鉢シリーズ(写真はミャンマーなのですよ。ラオスでの経験でポイントと感じ被写体としました。)の説明になればと思い、ラオスの旅行記より、、
もうすでに5年前と思うとこの時点からどれだけ変化したかもう一度訪れたいな。。
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ルアンバパン市内見物のため町の地図を買い、寺を見てまわる。仏教のお寺はどこも一緒と思っていたが、タイにあるお寺とは比べものにならないほど、町にとけ込み、おもむきを感じる。寺が生きている、そんな感じが強い。
山寺に登り、市街を見渡すと、ゆっくり流れるメコン川と支流のナコム川、遠くの山々、お寺、低層の町並みなど、古都の名にふさわしい、美しい町である。
その山寺でビーと知り合う。30分ほどの会話の後、明日の12時に、彼が泊まるお寺に遊びに行く約束をする。お寺の名前はハップパイ寺。地図に場所を描いてもらい、夜のお祈りが6時30分からあるので、その日は別れる。夕食はレストランでレッド・カレーと魚のスープ、それとラオスビール。30000キップ。

9月10日(金)
朝食は西洋人向けのレストランでアメリカンブレックファースト。パン、ハムエッグ、サラダ、コーヒー、バナナを食べる。20000キップ。一泊分の値段のする朝食である。おいしくなく、コーヒーもインスタントである。西洋人の旅行者のほとんどは、これを食べている。もちろん我慢しているのだろう。
朝食後、観光地には行かず、町をぷらぷら歩く。なにもない町だ。銀行が1つ、郵便局が1つ、病院が1つ、市場が3つ、で24も寺はある。メコン川の川辺で流暢なタイ語をはなす30歳終盤の日本人男性に出会う。彼はタイで日本語の講師をしていて、休暇を利用してラオスに遊びに来ている。僕の今後の日程を話すと「きわどいのでは?」と心配してくれ、ラオスに住む彼の友人に電話をかけ、国境の閉まる時間を調べてくれた。それで、確かなことはいえないが、16時には閉まることはないからおそらく大丈夫だろうと言ってくれた。僕にとっては、気休めにしかならないが…・

川辺でビールを飲みながら、俗っぽくない彼と話す。早稲田の政経卒の彼は卒業後、新聞社に入社したが2年でやめ、その後YMCAで働き、タイでの生活が長くなる中、転職し、現在は日本語の講師である。専任講師ではないので収入に関して言えばカツカツの生活に近いモノがありその講師の仕事も今年で辞め、日本に帰るという。

彼が学生時代にはまだ、学生運動が存在し、同時にテニス・スキーなどのサークル活動が、ちらほらと生まれだした時期である。豊かさへの過渡期でもあり、彼曰く、「どちらに転んでもよいなんでもある本当に中途半端な時代だった。」と言う。それ以降の世代はそう考えると「満たされて逆になんにもない」時代と感じる。彼は学生運動の団体には属していなかったが、当然、僕らの学生時代とは違う。運動家からみれば彼ら以外全て「ノンポリ」となるのだが議論を投げかけられたりする時代であったようだ。

「ウニタ書房に通うなどして学生運動には興味があり、人以上に知識はあったが、何かが違うのかな~?」と感じたらしい。支配される側が支配者を支えるのと似通った構造なのだろうか…。とにかく、それにのめり込まないで何処かさめている部分は、この世代以降を象徴していると感じる。最後に彼が語った「その中途半端さを僕らの世代は今でも引きずっているんだよ~!」は実体験が醸し出す真実味があるセリフだった。彼にビール2本ごちそうになる。

その後、彼と別れ、昨日約束したビーのお寺へ遊びに行く。6畳近い部屋にベットと机、それに小さなラジオがある。壁にはポスターがあり、ブラジルのサッカー選手のロナウドとラオスの女性歌手?。彼の部屋も個室である。(個室という発想は西洋からの輸入なのか?)朝夕の修業以外は英語の勉強をしているという。ラオスの坊さんは確実にエリート意識がある。タイと比べるとラオスの方が遙かに貧しいから、「救い」という意味では崇高で高貴なのだろうか。

タイやラオスの坊さんが、朝のたくはつで、食べきれないほど食べ物を貰っているのをよく見かける。そんなに貰ってどうするのか?と日頃の疑問を彼に尋ねると、「食べない分は売っている」と、あっさり答える。売る相手はもちろん市民である。市民から貰って、それを市民に売りつけるから、すごい職種と感じる。また、売れ残ったお供えが彼の部屋にたくさんある。
2個の木の汚いバケツに分けられ、その中にたくさん入っている。おみやげに少し分けてもらった。ラッキー!で、彼らが着ているオレンジの袈裟は、マーケットで生地を買ってきてそれを縫うようで、お寺から貰うものではない。彼は4着持っている衣装持ち。そんなに簡単にできるのなら、「是非、ひとつ袈裟を分けてほしい!」と頼んだが、丁寧に断られてしまった。これはざんねん。

夕食時、日本のちょっとかわった青年(芸大の学生で6回生)と出会い、彼にマリファナ?をわけてもらった。もらったのはガンジャと言うモノで彼が紙に巻いたモノをもらう。あまり興味がないがダダだからラッキー。彼の旅行の目的が麻薬だから非常に詳しく、また、そんな旅行もあるんだなと感心し、話はとてもおもしろかった。ラオス人は正直者だから、純度が良く、タイやインドのマリファナとは比べものにならないくらい強いと言う。僕にマリファナをくれた学生さんは、「これは幻の???ですよ!」と饒舌で話してくれた。

ゲストハウスに戻りさっそく試す。で、おそろしく強烈である。リズムとしたら、テンポ良い感じなのだろうか?アンダーワールドっぽい曲が、ずっ~とアタマの中で流れていた。目がまわるというか、何ともいえない感覚。自分がどこから来てなにをしているのかわからない。視覚的な作用は、3秒前に見たモノがまた見える。何でだろう?不思議。だから、目を閉じるんだけど、そしたら良く見えると言うか、想像がいろいろ見せるんだろう。身体的にはまったく歩けないから部屋の中を這い回っていた。で、胃の中のモノ全部ゴミ箱に戻した。これが真ん中の状態。良いもんじゃーない。でも楽しいから不思議。また、「日本からラオスにきた理性的な僕が、今の自分と同一人であるわけがない!」とか「これじゃ~あしたの飛行機に乗れないから、ぼくはラオス人になるんだ!」っておもった。そんなことを考えていたのは事実。最後に、手足全部が強烈にしびれて、床の壁際に転がっていた。この時が一番辛かった。どれぐらいトリップしていたのかわからないが、その間みた幻想や自分が考えていることなどはとてもおもしろく、ドラッグの世界でないと感じられないのは確かだろう。学生時代に何度か友人にもらったモノではなんてこと無かったのだが、あれは純度が悪いのだろうな。で、これぐらいちゃんとしたドラッグは精神的に弱っている人はやるべきではないのはわかった。意識が戻ったのは朝。べつに後遺症もない。超ラッキー。

9月11日(土)
朝から強い雨。ラオスはタイと違い屋台がほとんどない。朝食は食堂で軽く済ませる。ラオス最後の日。旅行では珍しく、おみやげを探してみる。趣味が合う妹と母へのおみやげを考えながら、似たもの同士の彼女たちと旅行したら、楽しいだろうと想像。次回があれば誘いたい。

午前中の激しい雨で、ラオスの人たちなら“今日は雨だから飛行機は飛べません!”と言いかねないので心配であった。空港は市内にあり、車で10分ほど。ぽつんと建つ小さな空港である。国内線であるが出発の2時間前にチェックインであるので12時30分に空港へ向かう。旅行者ばかりと思っていたが、7割近くがラオス人である。50ドルは大金のはずだが、金持ちはどこにもいるようだ。

出発時間を過ぎたが、人が動く気配がない。やられたかな?と、思っていると、10分遅れで登場開始。座席は指定ではなく好きなところへ早いもの順で座るようで、その点にラオスを感じる。結局、予定より15分遅れで離陸。一安心。

空から眺めるルアンパバンの町はビルひとつなく、屋根のリズムはいい感じ。ただ、近代的な高層の建物はひとつもないが、電線・アンテナなどは先進国と同様で、むき出し出ある。地下に埋めるなどの発想があっても良いのかなと思う。
ルアンパバン~ヴァンヴィエン~ビエンチャンへ抜ける山道には、その道沿いに程良い間隔で村々がへばりついている。ここでは人もまた自然の一部であり、自然の別名を神と言うのだろう。それを実感。
近代化肯定の僕も自然の中でゆったりと生きている人たちを見ると羨ましさを感じる。

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by ssnostalgia | 2004-11-21 08:24
托鉢其の四
清濁合わせ持つ人間の営みは自然と同様に地球環境の一部であったが、托鉢で集めたお米のほとんどを捨ててしまえる「豊かさ」がアジアでの現状だ。地球のどこかには飢えをしのいでいる人が必ずいる中で、「貧しい国」の「貧しさ」は何を指し示すのかといろいろと考えさせられた。「豊かな国」の「豊かさ」は何を指し示しているのか。
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by ssnostalgia | 2004-11-21 08:06
托鉢其の三
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by ssnostalgia | 2004-11-21 07:55
神殺し
神殺しが進む。鎮守の森が開発された。かつて青々とした森は「神」と同義で、自然と共に生きる人々は、人知を越えた森の営みに神を感じられずにはいられなかった。自我を意識し、人は自然から離れ、自己の内部に棲む自然という名の神を駆逐した。自然と言う名の神と切れたとき、事物の判断は個人の判断に委ねられる。自己を信じる=「わたし」という名の神が人の中に宿り、神になる。そうなるはずだった。しかし、鎮守の森の開発を目の当たりにすると、神に止めを刺して神の座に座りきれない人間を恥ずかしく哀れに思う。なんて中途半端なのだろうかと。

「風の谷のナウシカ」~「もののけ姫」~「千と千尋の神隠し」は神殺しを多く語るが、「ハウルの動く城」は何を語るかな。楽しみです。

↓写真は建売住宅を立てるため、鬱蒼とした山を開発したようす。ポツンと残っているのが鎮守の森の残骸です。
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by ssnostalgia | 2004-11-19 23:24
思春期
箸が転げて笑い転げて
↑常習女さんです。「常習」って言葉はハンザイを連想させるね、女の。。笑

昨夜、新宿の二丁目界隈の中華料理店で食事中、お客さんの中にゲイ(おそらく!)のカップルをみた。(というかこのお店には多いと思う。)彼らは仲良くそして楽しく過ごしていた。彼らを見ていて思ったことは二人の個体間距離。なんて親密なのかと異性との関係では見られない雰囲気を感じた。と言うことで、TBです。

箸が転がってケラケラ笑ってしまうややこしい精神状態の時は確かに有る。その思春期前と思われる時期を考えると、同時に同性との個体間距離が非常に近い事が思い出される。肩を組んだり、髪の毛触ったり、意味不明にヘッドロック(笑)したり、身体が触れ合うための身体的な行為である。

同性との個体間距離が近い時(=思春期前の若いとき)は、経験した土壌が近いため、同性としての「彼」「彼女」を理解を出来るのだろうからか、とにかく無条件に楽しいと思う。ケラケラ笑う「躁状態」は、同性の個体間距離の親密さが作り出していると感じる。

人は、思春期に入り異性を意識し始める。それは、同性との親密な個体間距離を成立たせていたものを失うからだ。結果として、異性との個体間距離を親密にする「恋愛」が始まる。思春期以降は、同性との親密さの消失、つまり同じ経験を重ねていても相互の理解はあり得ないと寂しく悟ったと時、異性に理解を求めるものなのだと。、

その先の異性に理解を求めることの「いろんな意味での楽しさ」は皆さんもご存知でしょうが。笑

と、話しは戻ってゲイのカップルは、「同性との個体間距離の中」で語られるものなのか、「異性との個体間距離のその先」にいるのかどっちなのだろうと。
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by ssnostalgia | 2004-11-14 09:55
fine autumun day part Ⅳ
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by ssnostalgia | 2004-11-11 13:56
fine autumun day part Ⅲ
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by ssnostalgia | 2004-11-10 23:35
Sunday Afternoon on the Island of la Grande Jatte
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■ ジョルジュ・スーラ Georges Seurat

代々木の明治神宮では『グランド・ジャット島の日曜日の午後』に描かれている「都会の孤独」も私は感じます。

ドット(=点、或は「孤独」)で描かれた誰独りとして目を合わせていない孤独な個人の表現が、都市での生き方を凄く上手く表現している。「孤独」に幸せを感じられるかどうかは個人の資質によるのだろうが。
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by ssnostalgia | 2004-11-09 12:25
fine autumun day part Ⅱ
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代々木、明治神宮での昼食時のスナップ
雲ひとつない空を緑が囲む素晴らしい秋の一日でした。新宿近くの都心とは思えないほどの穴場です。この場所は特にマイナーな場所です。
新宿パークタワーのデリカテッセンからの買い出してのランチでした。
この店は美味しい。というか天気の良い日に外で食べるのはいいね。
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by ssnostalgia | 2004-11-08 00:58
NEET
NEET(Not in Employment, Education or Training). 就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人を指す概念で、失業者や定職につかないフリーターとはまったく違う次元を語っている。NEETとは「意欲喪失者」と言える。

働くと言うことは、社会とのかかわりを持つことと同義である。経済活動と考えられるお金の受け渡しは副次的で、事実、生きる意欲は経済活動だけでは担保されない。社会とのかかわりの中で必要とされている自分を実感することが「生きる」という極めて抽象的な事象を成立たせる。

社会との関わりは、働くことでしか実現されない。結果として賃金をもらえる純粋な労働は、安直に賛美される無償労働とは比べ物にならないくらい充実感がある。これが前提であるから、労働から離れた生活は「生きる」という実感からは程遠く、儚いものだろう。

我が国では、東京帝国大学の誕生と共に始まった学歴社会が、士農工商と言う生まれによる身分を解体し、身分に縛られた社会制度に生きる人を開放した。望めば誰でもが官僚(=士族の役目)になれる社会は革命的であった。

「労働があっての経済活動と立場」が「お金と地位があっての労働」へと順序が逆転し、社会は後者に価値を置く。「お金と地位があっての労働」という現実を認めた上で、そこに皆が何とか滑り込もうとする学歴社会が誕生した。そこには事物の一長一短が含まれるが、現状を肯定しその先を探るのが知性や感性である。

NEETは労働に携わっていない非労働力から就業希望者と就学者を引いた人のことをさす。要するに、「失業者」でもなく、「就職も就学もしない人」でもなく、「就職希望のない人」の事を指す。NEETという抽象的な概念の算出は、未来を保障するだろう就学(=学歴)に重点を置いている。就学者の余事象で算出される「就業希望のない人」だけをさして「NEET」とし、生きる意欲の喪失者としている。

・働いている人(=フリーターを含む)は、働いているので「NEET」に含まれない。
・失業者は、働きたいという意思が有るので「NEET」に含まれない。
・学生は、働くために就学しているので意欲が有るとみなされため「NEET」に含まれない。
・非労働力の中にも働く意思がある人がいるので彼ら全てが「NEET」に含まれない。

定義としては上の4つは確かに「NEET」には含まれないが、「生きる」意欲を抱き続けることは大変なことで、社会とのかかわりに疑いを持ったら、意欲の消失は簡単に訪れ簡単に「NEET」となるだろう。著者の玄田さんは誰でもがニートになるかもしれないと本書の中で述べているが、大人もその中に含まれると私は思う。

・NEETの存在を、未来に希望をもてない社会が作り出した群集なのだと、簡単に諦めない粘り強さと、良い意味でのいい加減さが必要だと感じた。

・生きることに意欲をもてなくなる根本は、社会との関わりをなくすことなのだと再認識した。登校拒否児童(年30日は休みました。)だった私が社会に適合しているのは偶然なのかもしれないけど努力したもんな。

・最終学歴が未来を保障すると言う意味を持っていたが、すでにそうじゃないよね。最終就職と考えられた結婚も同義で、右肩上がりじゃない社会ではまったく意味をなくしたね。

・ニートって言葉を簡単に使って欲しくないなと素直に思った。難しい言葉だと思うので誤解をまねくね。

・「仕事の中の曖昧な不安」の著者、玄田有史さんの「ニート」の感想でした。若年者の仕事を奪う大人たち、子どもの社会教育を放棄した大人たちと言う切り口の本:「仕事の中の曖昧な不安」を前知識とすると「ニート」も納得しながら読めると思う。時代に即した良い本でした。

追:書帯に村上龍がトンチンカンなコメントをよせています。「彼らは人生を放棄したわけではない。立ち止まって、自立の芽を探しているのだ。」だって。

「?」と疑ったよ。
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by ssnostalgia | 2004-11-07 09:49 | book



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