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アメリカン・ビューティー
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アメリカン・ビューティー

意味深で不思議なタイトル「アメリカン・ビューティ」とはバラの花の名前であるよう。おそらくはオープニングで摘み取られた庭に咲いていた美しい赤いバラのことでしょう。では、「人の美しさとは何か?」この映画ではそれを表面的には笑いを誘う表現であるが、今日的で難解な内容を憂い深い美しく映画としています。結論から述べると、「人の美しさ」は、束縛されない・萎縮しない・恐れない「自由」であるのだろう。

映画での青年の感性を借りると、彼が美しいと感じるものは、純粋な少女だったり、生き物の死体であったり、風に舞うビニール袋であったり、束縛されないモノである。その束縛されない自由なものすべてから"美"を感じるという。そして"美"がある全てのモノは見えないチカラ(精霊)に守られている、だから何事も恐れる事はないという結論である。

本質的な自由を持つ国がアメリカである。アメリカが追い求めている自由、その先にこそ、現在行き詰まっている社会、あるいは家族、そして個人の問題を解決する基礎があると述べている。多くの映画は純粋な愛情を説くが、この映画は純愛を説く前に"美"=自由を説く。純愛は自由の先にあるのである。

アメリカ・自由・美は映画の中で並列となり、独り勝ちする「アメリカ」は「自由」を昇華し「美」にいきついた、が僕の率直な感想で、自信に満ちあふれ、それを誇るに値する解答(映画)でしょう。

どういうことか。

自由とは漠然とした概念だが、人はたいがいは自由でなく何かの束縛を受けている。社会的な通念を守ろうとする意識から受ける不安・憂鬱・恨み・妬みが大きいほど、また、その束縛から受けるチカラが大きいほど、自由を謳歌する対象に嫌悪を感じ忌み嫌う。言葉で言えば"社会常識のない奴"だろうか。社会通念から外れると生きていけない社会は、タブーを犯す者を認めてはいけないのである。また、認められないのである。

家族問題を大胆に表現し賞賛を浴びているこの映画の結論は、家族の崩壊は恐れることではなく、個人の自由のもとに生まれる純愛でパートナー関係を持つである。
オスカー受賞の焦点は、この点でしょうか。

最後に銃で撃たれて死んでしまった主人公は、何からも束縛されることのない死という自由を獲得したので、まぎれもなく"美"であったのだろう。けっして家族の役割(妻として娘として)に対してではなく、個人としての妻と娘に対する愛情を確認したエンディングは、寂しい終焉と感じさせないことをねらった終わりかたであり、絵画的に感じ美しい表現でした。

とにかく言葉に表しきれないほど感動したすばらしい映画だった。
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by ssnostalgia | 2004-06-18 00:42 | movie
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