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ジュリアン・ムーア
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「エデンより彼方に」は1950年代を時代設定にした映画で、人種差別、女性差別、同性愛差別を取り上げていた。今の時代では当たり前に肯定されている差別の撲滅ですが、伝統的な社会の仕組みを維持する上で上記の3つは認めてはならないものだった。現代の社会は、その時代被差別者だった人たちの石杖の上に築かれているのだと感じた。

旧い価値観を覆す新しい価値観のイコンとして、抽象画家の「ミロ」の絵を取り上げていた。その絵を指し示し、「美」を目指すという目的は同じだが、手法が違うだけ。旧いカタチの中にも「美」はあるし、新しいカタチの中にも「美」はある。人は単に新しいカタチより旧い形の「美」を求める性質があって、新しいカタチは否定されてしまう。映画で用いられた「ミロ」の絵は美しく、そこに宿る「美」(=神性)について「見掛けの色や形に囚われずに物事の本質を観ることのできる力が描かせたものだ」という台詞は象徴的で、奴隷解放・女性の自立・同性愛が本質を目指した新しいカタチということ映画では述べている。

「めぐり合う時間たち」1930年代~2000年代の連続した時代設定で、女性の自立という点に関しては同じ主題だった。自立をするのは棘の道で決して良い事なんて1つもいが自己選択は後悔を生まないと主人公のジュリアン・ムーアのセリフが印象に残った。と、「幸せ」は幸せがその先にあるんだと思う時点だけが「幸せ」で、その先には「幸せ」はないとメリル・ストリープのセリフも印象的だ。こんな映画を作れる文化は、当事者意識があってのことで、いろんないみで戦ってきた文化の懐と積み上げられたものは羨ましいとおもう。。

今を生きる僕らには当たり前の事は、時代を遡れば決して当たり前じやない。時代は先人たちの戦いの結果の上だけに残って積み重なっているのだ。ということを重く受け止めよう。。
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by ssnostalgia | 2004-06-13 07:14 | movie
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