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「世界で一番パパが好き」
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「世界は、ニューヨークとニュージャージーの二つでできている。」主人公の少女が読み上げる印象的な作文からこの物語は始まる。原題は「jersey girl」
(意味深いタイトルのニュアンスを日本映画界では理解されないのだろうな、、寂しい、、「世界で一番パパが好き」 ってなんだ??笑

この冒頭の少女のコメント「ニューヨーク」と「ニュージャージー」は比喩で、「都会」と「田舎」あるいは「個人」と「家族」と読み替えられる現代的な映画です。それと、制度としての「結婚」が意味をなくしたこと同様に存在理由をなくした「子ども」の意味を述べている。)

ニューヨークで働く主人公(=ベン・アフレックス)はやり手の広告マンで100人の部下をもって働いていた。同じくニューヨークで働くキャリアウーマン(=ジェニファー・ロペス)と恋に落ち結婚をする。仕事も家庭も順風で、幸せに満ちていて、やがて子どもが生まれ幸せに暮らすはずであったが、子どもの出産の際、妻は命を落す。

生まれた娘を一人で育てていくことになるが、仕事に忙しく育児がままならないため、生まれ故郷のニュージャージーの父に子どもを預け、協同で娘を育てていくこととなる。子どもを育てるのは半端な気持ちではできない。仕事を理由に、育児を押し付けようとする主人公に対して彼の父は、協同で子育てをするという曖昧な関係=育児を放棄してしまう。

仕方なく、主人公は、娘をつれて仕事に出るが、妻をなくし、尚且つ育児から受けるストレスからなのか、仕事上で取り返しの付かない失態を行ってしまい、広告業界(ニューヨーク)で生きていく道を閉ざされてしまった。その後、生まれ故郷のニュージャージーに戻り、父の仕事(=水道管工事)を手伝いながら、子どもを育てていくことになる。自身の全てだと思っていた仕事を失い、途方にくれてしまった父親は、結果として、泣きじゃくる無力な子どもを我が事のことと感じ、子どものために自分の人生を捧げる決意をする。そして、ニュージャージーで子どもを育ていくことになる。

もちろん、ニューヨークで広告の仕事に戻る夢をあきらめていない。だが、再就職口が見つからない。見つからないと言うよりも、クライアントに対して暴言を吐く失態を犯してしまった主人公には再就職の道はない。そうこうするうちに7年の歳月が流れる。

子どもは7歳まで育ち、可愛らしい娘になった。父親は彼女のことを「リトル・ガール」と呼ぶが、言葉がわかる子どもはすでに大人であると考えていいのだろう。二人(=父と娘)を取り囲む関係は幸せに満ちている。妻を失って以来、異性関係をもてなかった主人公にも娘公認の彼女ができ、ハッピーな生活を送っていた。

夢を諦めていない父親を知っている娘は、父親がニュージャージーを抜け出してニューヨークに行くことを応援するが、自分を取り囲む環境が変わってしまうので、心から父の広告業界への就職が決まることを望んでいない。しかし、かつての部下に連絡を取り、社長面接のアポを取った。この面接に出席すれば、おそらくは採用が決まる状況だった。

映画はすんなりとは進めない。面接の同日に娘と共に出席する学芸会が約束されていた。主人公は皆を説得し、自身の夢を実現するため、学芸会を捨てて面接に向かう。

面接の受付を済ませて、待合室で待っていると、広告業界で生きる道を失った原因のスター(=ウィル・スミス)が現れる。彼とは立場を隠して家族について話す。彼との話しで導かれた結論は「家族がいるからこそ、自身を強いて、仕事をがんばれるんだ。この感覚は素晴らしい。父親になってよかった!」であった。

主人公は、家族の存在があるからこそ、それが支えになって、がんばれる自分を自覚し、失いそうになった家族を亡くさないために、面接を受けず急ぎ学芸会に向かいハッピーエンドで映画は終わる。

上がストーリーの要約です。
私の感想は後日、追記します。たくさん書くことがあって。
つづく、、

1・もうすぐ終わっちゃう映画なので是非、映画館で。

2・監督は「チェイシング・エイミー」をつくったケビン・スミスです。←この映画は名作です。この映画を観ないで死んでしまう人はもったいないと心から思う。
絶対損はしません!!
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by ssnostalgia | 2005-04-11 19:43 | movie
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